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レディオヘッド・ニューアルバム

生物学者の福岡伸一は、著書の中でこんなことを述べていた。

私は、尖った鉛筆で紙の上にくるりと丸い楕円を書いてみせた。そして、若い学生たちに向かってこんなふうに問いかけてみた。

  ここに細胞があるとしよう。生きた細胞が一粒。では、いったいこの細胞のどこに生命が宿っているか、指し示すことができるかい。
 百人の学生がいたとすれば、その百人ともが、そんなことは明らかです。ここです、と楕円の真ん中を指すことだろう。

 でもそれは違う。細胞の生命は、細胞のなかにあるんじゃない。そこにあるのは細胞が囲い込んだ単なる液体だ。そして細胞の外側にあるのも、細胞が追い出した液体に過ぎない。では細胞の生命はどこにあるといえるのか。それは、まさにここにある。
 
 私は鉛筆の先を、さきほど一筆で書いた細い線の上にそっとおく。

 生命の本質はその動きにある。生命は細胞の内にあるのではない。むろん生命は細胞の外にあるわけでもない。生命は、内と外のあいだ、つまり境界線の上にある。

 でも境界線  つまり細胞の内と外を仕切る細胞膜  そのものが生命だというわけでもない。生命は境界線上の動きにある。

 引用   動的平衡ダイアローグ -世界観のパラダイムシフト- 福岡伸一  著

レディオヘッドのニューアルバムを聴いて、特にこの一文「生命は境界線上の動きにある」をふと思い出した。

レディオヘッドはデビュー以来、様々な手法で楽曲を作り上げ、我々に提示してきた。
デビュー間もない頃は、「ニルヴァーナに触発され、エネルギーを持て余した若いロックバンドが、ギターをかき鳴らして叫んでいる」、そんな印象があった。
その後このバンドは、電子音楽、ジャズ、クラシック、現代音楽など、あらゆるジャンルの音楽を取り入れ、前衛ロックでも売れるということを証明した。

ニューアルバム「A Moon shaped Pool」を聴いた。
”不安と希望、哀しみ、孤独が入り交じり、次第にそれらは、ゆったりと優しさに包み込まれる  、美しさに溢れたアルバム”
そんな印象を抱いた。

このアルバムは、今までにみられたジャズやロック色が強いわけでもなく、電子音楽が前面に出ているわけでもない。イージーリスニングにも似た、緩さが漂っている。
でも明らかにレディオヘッドの音だ。
もし彼らの音に輪郭があるなら、その「輪郭の動きこそ」が彼らの音楽だ。骨太の輪郭かもしれない。今にも切れそうなか細い輪郭の時もある。激しく奏でようが、哀しい音であろうが、しかし、レディオヘッドの「音の輪郭」に宿る「生命」はいつも同じだ。

「生命は境界線上の動きにある」という言葉を借りるなら、彼らの音楽は生命力にあふれ、それはいつも形を変えて音の「境界線上」に現れる。だから、もし彼らが、全く違うジャンルの音楽に挑戦したとしても、彼らの音の本質=生命は変わらない。彼らがジャズを演奏しようと、ロックであろうと、形が変わるだけのことで、常にそこには、彼らの生命が息づいている、そんなふうに思った。

今回のアルバムで印象的な曲がある。
「Daydreaming」




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